東京地方裁判所 昭和34年(ワ)268号 判決 1966年3月14日
原告 谷藤圭男
右訴訟代理人弁護士 福田彊
被告 山崎証券株式会社
右代表者代表取締役 山崎種二
右訴訟代理人弁護士 円山田作
同 藤井与吉
同 円山雅也
同 紺野稔
同 長島安治
右長島安治訴訟復代理人弁護士 小松雄介
同 山崎行造
被告 星野章
右訴訟代理人弁護士 三輪長生
同 長島安治
右長島安治訴訟復代理人弁護士 小松雄介
同 山崎行造
主文
一 被告会社は、原告に対し、別紙第一目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を引き渡し、かつ、金九八九、〇五〇円およびうち金三四四、八五〇円に対する昭和三四年五月一日から、残額金六四四、二〇〇円に対する昭和三九年六月四日からそれぞれ支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
もし前項の株式の引渡の強制執行が不能となったときは、被告会社は、原告に対し、その執行不能の部分につき、別紙第一目録単価欄記載の単価によって算出した金員を支払え。
二 被告星野章は、原告に対し、金二、六六二、五三五円およびこれに対する昭和三四年五月一日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告らに対するその余の請求は、棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。
五 この判決は、原告において、被告会社に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円、被告星野章に対し金八〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれ勝訴の部分に限りかりに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告の求めた裁判
1 被告両名に対する請求(ただし、被告会社については、第一次の請求)
(一) 被告会社は、原告に対し、別紙第一目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数の引渡をせよ。
右引渡の強制執行ができないときは、被告会社は、原告に対し、その執行不能の部分につき、同目録単価欄記載の単価によって算出した金員を支払え。
(二) 被告会社は、原告に対し金八、四九八、九九四円およびうち金七四七、四三五円に対する昭和三四年五月一日から、うち金七、七五一、五五九円に対する昭和三九年六月四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 被告星野は、原告に対し金一一、一六一、五二九円およびうち金三、四〇九、九七〇円に対する昭和三四年五月一日から、うち金七、七五一、五五九円に対する昭和三九年六月四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 訴訟費用は、被告の負担とする。
(五) 仮執行の宣言
2 被告会社に対する第二次の請求
(一) 被告会社は、原告に対し、金一一、一六一、五二九円およびうち金三、四〇九、九七〇円に対する昭和三四年五月一日から、うち金七、七五一、五五九円に対する昭和三九年六月四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、被告会社の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
二 被告らの求めた裁判
1 被告会社の求めた裁判
(一) 原告の請求は、いずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
2 被告星野の求めた裁判
(一) 原告の請求は、棄却する。
(二)訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張した事実関係
一 原告の請求原因
1 原告は、昭和三〇年から昭和三一年六月はじめまでの間谷崎静司または宍倉一郎等の名義で、証券取引営業を目的とする被告会社の新宿支店と株式の現物取引および信用取引をしていた。
2 ところが、原告は、米国マサチュセッツ工科大学で研究するため渡米することとなったので、昭和三一年六月八日頃、叙上の取引を一切手仕舞し、清算結了させた。
3 そして、原告は、昭和三一年六月八日頃、被告会社の代理人である被告会社新宿支店の営業主任であった被告星野を通じ、被告会社と、原告の有していた別紙第三目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を原告が帰国するまでの間被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃これらの株式を被告会社に引き渡した。
4 原告が渡米した後、原告の兄谷藤静司は、昭和三一年一一月または同年一二月の頃、原告の代理人として、被告会社代理人である被告星野を通じ、被告会社と、原告の有していた別紙第四目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃これらの株式を被告会社に引き渡した。
谷藤静司は、当時、原告を代理して被告会社と叙上の契約を締結する権限を有しなかったのであるが、原告は、本訴において、谷藤静司の叙上無権代理行為を追認する意思表示をした。
おって、別紙第四目録記載の株式のうち、雄別炭鉱株式一、〇〇〇株は原告が先に保護預けした別紙第三目録番号欄記載の番号1の株式につき昭和三一年一二月頃五対一の割合で割り当てられた新株、また日本精工株式一、〇〇〇株は原告が別に山一証券株式会社渋谷支店に小沢いと名義で保護預けしていた日本精工株式一、〇〇〇株(後述する別紙第六目録番号欄記載の番号2の株式)につき昭和三一年一一、二月頃一対一の割合で割り当てられた新株である。
5 原告の兄谷藤静司は、昭和三一年一二月頃、原告の代理人として、被告会社代理人である被告星野を通じ、被告会社と、原告の有していた別紙第五目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃、当時山一証券株式会社渋谷支店に寄託してあったこれらの株式についての同会社の預かり証を被告星野に交付する方法によって、これらの株式を被告会社に引き渡した。
谷藤静司は、当時、原告を代理して被告会社と叙上の契約を締結する権限を有しなかったのであるが、原告は本訴において、谷藤静司の叙上無権代理行為を追認する意思表示をした。
6 原告の兄谷藤静司は、昭和三二年五月頃、原告の代理人として、被告会社代理人である被告星野を通じ、被告会社と、原告の有していた別紙第六目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃、当時山一証券株式会社渋谷支店に寄託してあったこれらの株式についての同会社の預かり証を被告星野に交付する方法によって、これらの株式を被告会社に引き渡した。
谷藤静司は、当時、原告を代理して被告会社と叙上の契約を締結する権限を有しなかったのであるが、原告は、本訴において、谷藤静司の叙上無権代理行為を追認する意思表示をした。
7 原告の兄谷藤静司は、昭和三三年五月はじめ頃、原告の代理人として、被告会社代理人である被告星野を通じ、被告会社と、原告の有していた別紙第七目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃、当時山一証券株式会社渋谷支店に寄託してあったこれらの株式についての同会社の預かり証を被告星野に交付する方法によって、これらの株式を被告会社に引き渡した。
谷藤静司は、当時、原告を代理して被告会社と叙上の契約を締結する権限を有しなかったのであるが、原告は、本訴において、谷藤静司の叙上無権代理行為を追認する意思表示をした。
8 原告の兄谷藤静司は、昭和三二年一月三〇日頃、原告の代理人として、被告会社代理人である被告星野を通じ、被告会社と、原告の有していた別紙第八目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃、これらの株式を被告会社に引き渡した。
谷藤静司は、当時、原告を代理して被告会社と叙上の契約を締結する権限を有しなかったのであるが、原告は、本訴において、谷藤静司の叙上無権代理行為を追認する意思表示をした。
おって、叙上の株式は、原告が別に山一証券株式会社渋谷支店に谷藤静司名義で保護預けしていた昭和産業株式三〇〇株(前掲別紙第五目録番号欄記載の番号の2株式)につき昭和三二年一月頃五対一の割合で割り当てられた新株である。
9 ところが、被告星野は、叙上のとおり被告会社に保護預けした原告所有の別紙第三目録から別紙第八目録までの銘柄欄記載の株式の上記各目録株数欄記載の株数の大部分をほしいままに他に売却処分した。その売却処分をした株式の銘柄、売却処分をした日時、売却処分をした株数および売却処分の価額は、別紙第九目録の各該当欄に記載するとおりである。
10 叙上9の株式の売却処分により、原告は、その売却処分株式のうち一部の株式については、もしかかる売却処分がされず原告においてこれを保有していたとすれば受けられたはずの利益配当請求権およびこれらの株式を保有していたとすれば原告において割当を受けて引き受け取得することができた増資新株について受けられたはずの利益配当請求権を喪失した。
売却処分株式のうち売却処分後利益配当のあった株式の銘柄、配当期、配当率、当該配当期に原告が保有していられたはずの株式(増資新株の割当引受により原告において保有することができるはずであった株数をも含む。)(保有株数)および右株数に対する配当金額(保有株数に対する配当金額)は、別紙第一〇目録に記載するとおりである。
11 叙上9の株式の売却処分により、原告は、これらの株式のうち一部の株式については、もしこれらを保有していたとすれば受けられたはずの増資新株の割当を受ける権利および割当を受けて引き受けることができた増資新株を保有していたとすればさらにこれらにつき受けられたはずの増資新株の割当を受ける権利を失い、その結果新株の割当を受けこれを引き受けることによってえられたはずの利益を喪失した。
新株の割当を受けこれを引き受けることによってえられたはずの利益は、割当新株一株につき、新株の市場単価(発行日取引が許可されたものについてはその初日における取引単価、その他のものについては新株の上場された初日における取引単価)から旧株主が新株につき払い込むべき金額(無償割当の場合にあっては、零)を控除した金額である。
売却処分株式のうち、売却処分後昭和三七年二月末日までの間に増資新株の発行があり、原告においてその割当を受けられたはずの株式の銘柄、新株発行年月日、旧株に対する新株の割当率、新株発行時に原告が保有していたはずの(旧)株数(発行時における保有旧株数)、叙上の株数に対し割当を受けることができた新株の株数(割当の新株数)、新株一株につき旧株主の払い込むべき金額(新株一株についての払込額)、新株の市場単価および新株の割当を受けこれを引き受けることによりえられたはずの利益の総額(新株割当による利益の総額)は、別紙第一一目録の各該当欄に記載するとおりである。
おって、昭和三一年から昭和三七年はじめ頃までの頃においては、増資新株の発行、したがって旧株主に対する新株の割当は、強い資金需要、自己資本過小の傾向、再評価積立金の存在等の理由により、きわめて自然の成り行きであり、一般に予知されていたところで、時期の問題に過ぎなかった。いいかえれば当時においては叙上の各株式について旧株主が新株の割当を受けうることは、これらの株式の保有にともなう当然の帰結であった。
12 よって、原告は、被告会社に対し、第一次の請求としてつぎのとおり請求する。
(一) 預託株式の返還請求及びその執行不能の場合における代償請求
原告は被告会社に対し、前記のとおり別紙第三目録から第八目録までに記載した銘柄および株数の株式を保護預けしたものであるから、この保護預け契約を解除し、預託株式のうち原告においてすでに被告会社から返還を受けた雄別炭鉱株式五、〇〇〇株を除いたその他の株式、すなわち別紙第一目録の銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を原告に引き渡すことを求める。
もしその引渡の全部または一部の執行ができないときは、その執行不能の部分につき、別紙第一目録の単価欄記載の単価によって算出した金員の支払を求める。
なお、
(イ) 右単価は、本件の口頭弁論終結時である昭和三九年六月三日現在におけるこれらの株式の時価である。
(ロ) 本件の株式保護預け契約は、特定物の寄託契約ではあるが、その目的物の性質上、必ずしも寄託した物自体でなく、同銘柄同数量の株式の返還をもって足りる旨当事者間に暗黙の合意があったものである。
(二) 保護預け株式の被告星野の売却処分による利益配当請求権および新株の割当を受ける権利の喪失についての使用者損害賠償の請求
原告は、被告星野の預託株式の売却処分によって、前述のとおり、利益配当請求権および新株の割当を受ける権利を喪失した。前者の喪失による損害額は別紙第一〇目録記載のとおり合計金一、九九六、四二六円、後者の喪失による損害額は別紙第一一目録記載のとおり合計金六、五〇二、五六八円で、両者の合計額は金八、四九八、九九四円である。
ところで、この損害は被告星野が原告の有する株式をほしいままに売却処分し、株主権を喪失させたことによる損害で、しかも既述によっておのずから明らかなようにいわゆる通常損害というべきものである。
そして、被告星野は被告会社の被用者であり、かつ、これらの損害は被告星野が被告会社の事業の執行につき加えたものであることは、既述によって明らかである。
よって、原告は、被告星野の使用者である被告会社に対し、民法第七一五条の規定にもとづき、右金八、四九八、九九四円およびうち金七四七、四三五円に対する株式処分の日の後であり、かつ、少くとも同上額の損害の発生した日(受けられたはずの利益配当の日または新株発行の日)の後である昭和三四年五月一日以降、うち金七、七五一、五五九円に対する株式処分の日の後であり、かつ、同額の損害の発生した日(受けられたはずの利益配当の日または新株発行の日)の後である昭和三九年六月四日以降、それぞれ支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
13 原告は、被告会社に対する叙上の第一次の請求が許容されないときは、被告会社に対し、第二次の請求として、つぎのとおり請求する。
(一) 保護預け契約の履行不能による填補賠償の請求
被告星野の前述した株式の売却処分によって、被告会社が原告に対して負担していた保護預け契約にもとづく株式の返還債務は、叙上12の(一)の(ロ)の合意が認められない場合においては、履行不能となったものといわなければならない。そして、その結果として、原告は、これらの株式の処分時の時価ならびにこれらの株式について受けられたはずの利益配当およびこれらの株式について受けられたはずの新株の割当を受けることによってえられたはずの利益に相当する損害をこうむった。
よって、原告は、被告会社に対し、別紙第九目録に記載したこれらの株式の処分価額でこれらの株式の当時の時価に相当する損害金二、六六二、五三五円、利益配当および新株の割当を受けることによる利益に相当する損害合計金八、四九八、九九四円(その算出の根拠は、叙上12の(二)の中でのべたとおりである。)、以上の総計金一一、一六一、五二九円ならびにうち金三、四〇九、九七〇円(前記の株式の時価相当の損害金二、六六二、五三五円ならびに利益配当および新株の割当を受けることによる利益相当の損害金八、四九八、九九四円のうち前記12の末項中で指摘した金七四七、四三五円の合計額)に対する少なくとも同上額の損害発生の日の後である昭和三四年五月一日以降、残額金七、七五一、五五九円に対する同上額の損害発生の日の後である昭和三九年六月四日以降それぞれ支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
利益配当および新株の割当を受けることによる利益を履行不能による通常損害とみるべきことは、すでにのべたところによって明らかである。
(二) 保護預け株式の被告星野による売却処分についての使用者損害賠償の請求
叙上(一)の請求と選択的に、原告は、被告星野が原告の有していた株式をほしいままに売却処分したという不法行為によってこうむった損害につき、被告星野の使用者である被告会社に対し、その賠償を求める。
その損害の賠償の請求の範囲および数額は、叙上(一)と同じである。
なお、利益配当請求権および新株の割当を受ける権利の喪失による損害を不法行為による通常損害と考えるべきことならびに被告星野の不法行為につき被告会社が使用者責任を負うべきことは、前記12の(二)でのべたとおりである。
14 また、被告星野は、既述のとおり、原告の有する株式をほしいままに売却処分し、これらの株式についての原告の権利を侵害し、原告に損害をこうむらせた。
15 よって、原告は、被告星野に対し、叙上13の(二)と同様の損害の支払を求める。
二 被告両名の答弁
原告の請求原因(前掲一記載)につき、
1 1の事実は認める。
2 2の事実は認める。
3 3の事実のうち、原告主張の頃、被告会社がその代理人である被告会社新宿支店営業主任の被告星野を通じ、原告と、原告主張の株式(ただし、別紙第三目録の番号7および8の株式を除く。)について保護預け契約を締結し、その頃原告からそれらの株式の引渡を受けたことは認めるが、その他は否認する。もっとも、被告会社は原告主張の頃、被告会社代理人の被告星野を通じ、別紙第三目録の番号7および8の株式(永和商事株式一、〇〇〇株および日活株式一〇〇株)につき保護預け契約を締結し、その頃それらの株式の引渡を受けたことはあるが、それは訴外宍倉一郎と契約し、同人から引渡を受けたもので、原告と契約し、原告から引渡を受けたものではない。
4 4の事実のうち、原告主張の頃、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、原告主張の株式につき、原告の兄谷藤静司と保護預け契約を締結し、その頃同人からそれらの株式の引渡を受けたこと(ただし、別紙第四目録の番号1の株式は、昭和三二年一月頃契約し、その頃引渡を受けたものである。)および原告がその主張のような追認の意思表示をしたことは認めるが、その他は否認する。叙上の株式はすべて谷藤静司の有していたもので、被告会社は、谷藤静司本人と契約し、同人から引渡を受けたものである。
5 5の事実のうち、原告主張の頃、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、原告主張の株式につき、原告の兄谷藤静司と保護預け契約を締結し、その頃原告主張の方法で同人からそれらの株式の引渡を受けたことおよび原告がその主張のような追認の意思表示をしたことは認めるが、その他は否認する。叙上の株式はすべて谷藤静司の有していたもので、被告会社は、谷藤静司本人と契約し、同人から引渡を受けたものである。
6 6の事実のうち、原告主張の頃、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、原告主張の株式のうち日活株式一、五〇〇株につき、原告の兄谷藤静司と保護預け契約を締結し、その頃その引渡を受けたこと、原告主張の頃、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、日活株式一、〇〇〇株を原告の兄谷藤静司から預かることとし、その頃その引渡を受けたことおよび原告がその主張のような追認の意思表示をしたことは認めるが、その他は否認する。叙上の日活株式一、五〇〇株は谷藤静司の有していたもので、被告会社は、谷藤静司本人と保護預け契約を締結し、同人からその引渡を受けたもの、また、日活株式一、〇〇〇株は谷藤静司の有していたもので、同人から売りつけを依頼されて預かったものである。
7 7の事実のうち、原告主張の頃、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、原告主張の株式を原告の兄谷藤静司から預かることとし、その頃、原告主張の方法で、それらの株式の引渡を受けたことおよび原告がその主張のような追認の意思表示をしたことは認めるが、その他は否認する。叙上の株式はすべて谷藤静司の有していたもので、被告会社は、谷藤静司本人から売りつけを依頼されて預かったものである。
8 8の事実のうち、原告主張の頃、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、原告主張の株式を原告の兄谷藤静司から預かることとし、その頃、それらの株式の引渡を受けたことおよび原告がその主張のような追認の意思表示をしたことは認めるが、その他は否認する。叙上の株式はすべて谷藤静司の有していたもので、被告会社は、谷藤静司本人から売りつけを依頼されて預かったものである。
9 9の事実のうち、被告星野が原告主張の日時に原告主張の株式および株式を原告主張の価額で売却処分したことは認めるが、その他は否認する。
なお、
(一) 原告主張の処分株式のうち、昭和三一年七月二日処分の永和商事株式一、〇〇〇株および日活株式一〇〇株は、原告主張の契約によって預かったものではなく、同日、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、谷藤静司から売りつけを依頼されて預かったものである。
(二) 昭和三二年六月一二日処分の日本精工株式二、〇〇〇株のうち一、〇〇〇株は原告主張の契約によって預かったものではなく、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じ、谷藤静司から売りつけを依頼されて預かったものである。
(三) 売却処分株式は、後に抗弁において主張するとおり、谷藤静司の指示によって売却処分したものである。
10 10の事実のうち、別紙第一〇目録の銘柄欄および株数欄に記載されている株式についての利益配当が原告主張のとおりであったことは認めるが、その他は否認する。
11 11の事実のうち、別紙第一一目録の銘柄欄に記載されている株式についての新株発行日、旧株に対する新株の割当率、新株一株についての払込額および新株の市場単価が原告主張のとおりであることは認める、おって書の事実は知らない、その他は否認する。
12 12の(一)の事実のうち、(イ)および(ロ)の事実は認める。12の(二)の事実のうち、被告星野が被告会社の被用者であったことは認めるが、被告星野が被告会社の事業の執行について原告に損害を加えたことは否認する。
13 13の(一)の事実は否認する。13の(二)の事実については、12の(二)の事実について答弁したところと同様である。
14 14の事実については、すでに答弁したとおりである。
三 被告会社の抗弁
1 請求原因(前掲一)の3の契約上の原告の地位は譲渡された旨の抗弁
(一) かりに、請求原因の3の事実が認められるとしても、原告は、昭和三一年六月頃渡米することとなったので、被告会社に保護預けした別紙第三目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を実兄谷藤静司に譲渡し、そうでないとしても、それらの株式の処分権を同人に授与した。
(二) そして、原告は、昭和三一年六月渡米する直前、叙上の保護預け契約上の寄託者としての権利義務を谷藤静司に譲渡しおよび引き受けさせるとともに、被告会社代理人であった被告星野にその旨を告げ、被告星野はその譲渡および引受を承諾した。
(三) したがって、叙上の保護預け契約が原告と被告会社との間に存続していたことを前提とする預託株式の返還請求、その保護預け契約の履行不能を理由とする損害賠償請求および預託株式が原告のものであることを前提とする不法行為にもとづく損害賠償請求は、いずれも理由がない。
2 株式の売却処分は原告代理人谷藤静司の指示によったものである旨の抗弁
(一) かりに、原告が請求原因(前掲一)の3から8までに主張するとおり、原告(4から8までの場合にあっては、原告代理人谷藤静司を通じ、原告)と被告会社との間に、原告の主張する原告所有の株式について保護預け契約が成立し、かつ、被告星野が原告主張のとおりそれらの株式を売却処分したとしても、その売却処分については、それぞれ売却処分の日時の直前に、原告の代理人であった谷藤静司から、被告会社代理人であった被告星野に対し、それらの株式を他に売却処分すべき旨の指示があった。そこで、原告星野は、その指示にしたがい、それらの株式を売却処分したものである(なお、その売却処分によってえた金員は、原告代理人谷藤静司の依頼による他の株式の買入代金への充当、同人への現金の引渡等によって、すべて決済ずみである。)。
(二) かりに、谷藤静司が原告を代理して叙上のような売却処分の指示をする権限を有しなかったとしても、同人は、原告から、原告所有の株式を管理し、原告を代理してそれらの株式につき被告会社と保護預け契約を締結する権限を授与されていた。しかも、原告は、二年間もの長期間滞在の予定で渡米留学の身であり、その出発前には、被告会社代理人であった被告星野に対し、兄谷藤静司を原告のためその留守を担当する者として紹介した。したがって、被告会社代理人であった被告星野において、谷藤静司が原告を代理して保護預けした株式の売却処分およびその指示をする権限をも有するものと信ずるにつき正当な理由があったものである。
(三) かりに、叙上(二)の主張が認められないとしても、原告は、渡米の直前である昭和三一年六月一日から同月九日までの間に、被告会社代理人であった被告星野に対し、自己の渡米後は被告会社に預託中の株式の処分等後事一切については実兄である谷藤静司の指示にしたがうべき旨を告知した。このことは、原告が谷藤静司に保護預け株式を売却処分する代理権を与えた旨を表示したものというべきである。そして、谷藤静司は、原告の代理人として、被告星野に対し保護預け株式の売却処分を指示したので、被告星野においては、谷藤静司がこれにつき原告の代理権を有しているものと信ずるについて正当な理由があったものである。
(四) したがって、原告主張の保護預け契約は、少なくとも売却処分株式に関する限り解除され終了したものというべきであり、かつ、株式の売却処分は谷藤静司の指示によってしたものであるから、保護預け契約の存続を前提とする原告の株式返還の請求またはその契約の履行不能による損害賠償の請求および株式の売却処分が不法行為であることを理由とする損害賠償の請求は、いずれも失当である。
3 過失相殺の抗弁
(一) かりに、前述の各抗弁が理由がないとしても、すでにのべたように、被告会社代理人であった被告星野が原告主張の株式を売却処分したのは、原告の実兄谷藤静司の指示によったものである。
(二) しかも、被告星野が谷藤静司の指示にしたがって行動したのは、原告が渡米前被告星野に対して谷藤静司を自己の渡米不在期間中における留守の担当者として紹介したこと、同人に被告会社発行の原告あて株式預かり証(乙第三〇号証の一)を託しこれを保有させていたことおよび保護預け契約の預託者である原告が渡米後受託者である被告会社にこの契約に関し全く連絡するところがなかったこと等から、被告会社代理人であった被告星野において、原告の実兄谷藤静司には原告を代理して保護預け契約を締結しまたはこれを解除して預託株式の売却処分を委託する権限があるものと誤信したためである。
(三) それゆえ、谷藤静司が全く原告の代理権を有しなかったとしても、同人に代理権があると被告星野が誤信するにいたったことについては、原告に過失があったものといわなければならない。
(四) したがって、保護預け契約の履行不能による損害賠償の額の決定に当っては、原告のかかる過失がしんしゃくされるべきである。
4 不当利得返還請求権をもってする相殺の抗弁
(一) 被告会社は、昭和三四年一月一四日、原告に対し、別紙第一二目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数および現金六、六三〇円を交付した。
(二) 被告会社がこれらの株式および現金を原告に交付したのは、つぎの理由によるものである。すなわち、谷藤静司は、昭和三二年八月中から、被告会社代理人である被告星野を通じ、被告会社に対し、「谷川一郎」という名義での株式の信用取引を委託し、その結果として、別紙第一二目録記載の株式および現金六、六三〇円が「谷川一郎」名義の預託株式および決済残金として残存していた。ところが、谷藤静司は、昭和三三年一〇月中、被告会社に対し、以後同人の「谷川一郎」名義の取引ならびに同名義の預託株式および決済残金の授受処分等の一切を実弟である原告に一任する旨を申し出たので、被告会社はこれを承諾した。そして、被告会社は、前述のとおり、原告の申出に応じ、原告に対して別紙第一二目録記載の株式および現金を交付したのである。
(三) しかし、谷藤静司が被告会社に対し株式の取引を委託した事実、ひいてこれによる預託株式および決済残金の授受処分等の一切を原告に一任した事実が認められないとすれば、原告は、別紙第一二目録記載の株式および現金六、六三〇円を受領すべき法律上の理由がないこととなり、原告は、被告会社の損失においてこれらの株式および現金を利得していることとなる。
(四) 叙上の株式を原告が利得した時である昭和三四年一月一四日現在のこれらの株式の価格は、別紙第一二目録記価格欄記載のとおりである。
(五) したがって、被告会社は、本訴において、原告に対する右株式の価格および現金合計金七五二、八三〇円の不当利得返還請求権と原告の被告会社に対する損害賠償請求権(ただし、不法行為を原因とする損害賠償請求権を除く。)と対当額において相殺する旨の意思表示をする。
(六) したがって、原告の損害賠償の請求は、この限度において失当である。
四、被告星野の抗弁
1 株式の売却処分は原告代理人谷藤静司の指示によったものである旨の抗弁
(一) 原告の主張する被告星野の株式の売却処分は、原告代理人谷藤静司の指示によるものである。その詳細は、前掲三の2の(一)から(四)までのとおりである。
(二) したがって、不法行為を理由とする原告の被告星野に対する請求は、理由がない。
2 過失相殺の抗弁
(一) 原告の主張する被告星野の株式の売却処分については、原告にも過失があった。その詳細は、前掲三の3の(一)から(三)までのとおりである。
(二) したがって、被告星野の株式の売却処分を理由とする損害賠償の額の決定に当っては、原告のかかる過失がしんしゃくされるべきである。
五、被告会社の抗弁に対する原告の答弁
1 前掲三の1の抗弁事実につき、
(一) (一)の事実は、否認する。
(二) (二)の事実は、否認する。
(三) よって、この抗弁は、失当である。
2 前掲三の2の抗弁事実につき、
(一) (一)のうち、谷藤静司が原告の授権をえないでした保護預け契約を原告において追認した事実はあるが、その他は否認する。被告星野は、被告会社において株式の預託を受ける事務を取り扱う地位にあったのを利用して、原告との保護預け契約および谷藤静司が原告の代理人と称してした保護預け契約によって預託を受けていた原告の有する株式の全部を「谷川一郎」という仮空人名義の口座に移したうえ、預託者から依頼を受けたかのようによそおって、原告に無断でこれらを売却処分し、また、その売得金で他の株式を買い、かようにして自己の取扱高を増して売買仲介手数料をかせぐ目的で株式の売買をしたものであり、谷藤静司の指示によって売却処分したものではない。
(二) (二)のうち、谷藤静司が原告の授権をえないで原告を代理してした保護預け契約を原告が本訴で追認した結果として谷藤静司の保護預け契約の締結が正当な代理行為となったことおよび原告が二年間の予定で渡米留学していたことは認めるが、その他は否認する。
(三) (三)の事実は、否認する。原告は、谷藤静司を被告らに紹介したことはない。谷藤静司は、原告の渡米不在中、原告あての新株の割当その他に関する通知を受けて当惑し、それらの処置につき被告星野と協議するに及んではじめて同被告と知り合うにいたったものである。
(四) よって、この抗弁は、失当である。
3 前掲三の3の抗弁事実につき
(一) (一)の事実は、否認する。被告星野の株式の売却処分は、叙上2の(一)で答弁したとおりである。
(二) (二)のうち、原告が在米中被告会社に連絡指示を与えなかったことは認めるが、その他は否認する。
(三) (三)の事実は、否認する。
(四) よって、この抗弁は、失当である。
4 前掲三の4の抗弁事実につき、
(一) (一)の事実は、認める。
(二) (二)のうち、原告が被告会社主張の株式および現金を受け取ったことは認めるが、その他は否認する。被告星野の無断売買の結果として、昭和三四年一月一四日当時被告会社主張の株式および現金が残存していたので、原告はこれを引き取ったに過ぎない。
(三) の事実は、否認する。
(四) (四)の事実は、認める。
(五) よって、この抗弁も、失当である。
六、被告星野の抗弁に対する答弁
被告会社の抗弁のうち、2の抗弁および3の抗弁に対する原告の答弁とそれぞれ同じである。
第三証拠関係≪省略≫
理由
第一原告と被告会社との間における株式の保護預け契約の成否および被告星野による株式の処分について
一 原告の請求原因たる事実(前記事実欄の第二の一に記載した事実。以下「請求原因」という。)のうち、1および2の事実は、当事者間に争がない。
二 そこで、請求原因の3に記載した保護預け契約が成立したかどうかについて判断する。
1 そのうち、原告が、昭和三一年六月八日頃、被告会社の代理人であった被告会社新宿支店営業主任の被告星野を通じ、被告会社と、別紙第三目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数のうち同目録番号欄記載の番号7および8の株式以外のものについて保護預け契約を締結し、被告会社に対し、その頃それらの株式を引き渡したことは、被告らの認めるところである。
2 そこで、つぎに、別紙第三目録番号欄記載の番号7および8の株式について、同様保護預け契約が原告と被告会社との間に成立したかどうかについて検討する。
(一) 預託した者が何びとであったかの問題は別として、昭和三一年六月八日頃、別紙第三目録番号欄記載の番号7および8の株式、すなわち永和商事株式一、〇〇〇株および日活株式一〇〇株につき、被告会社が、その代理人であった被告星野を通じて保護預け契約を締結し、その頃これらの株式の引渡を受けたという当事者間に争のない事実
(二) 原告が昭和三〇年頃から昭和三一年六月はじめ頃までの間宍倉一郎という名義で被告会社新宿支店と株式の現物取引または信用取引をしたという当事者間に争のない事実
(三) その成立について争のない乙第八一号証の一、二(被告会社の勘定元帳のうち宍倉一郎名義の口座の部分)の記載のうち、昭和三一年一月六日に永和商事株式一、〇〇〇株が、また同年三月一二日日活株式一〇〇株が買いつけられた旨の記載
(四) ≪証拠省略≫(被告会社の株式預かり証)の記載
(五) ≪証拠省略≫(被告会社の株式預かり証)の記載
(六) ≪証拠省略≫
(七) ≪証拠省略≫
(八) ≪証拠省略≫
を総合すると、つぎの事実を認定することができる。すなわち、「原告は、かねて友人である宍倉一郎の名義を使用し被告会社に委託して株式の現物取引および信用取引をしていたことは前示のとおりであるが、同人名義で昭和三一年一月一〇日頃永和商事株式一、〇〇〇株を、同年三月一五日頃日活株式一〇〇株を買いつけ、これらの株式を別紙第三目録記載のその他の株式とともに信用取引の証拠金代用証券として被告会社に預託していた。ところが、同年六月八日頃渡米のため信用取引を手仕舞いしたのにともない、別紙第三目録記載のその他の株式とともに、叙上の永和商事株式一、〇〇〇株および日活株式一〇〇株、すなわち別紙第三目録番号欄記載の番号7および8の株式をも被告会社に保護預けした。」との事実を認定することができる。
被告らは叙上番号7および8の株式について原告との保護預け契約の成立を否認し、これらの株式は訴外宍倉一郎から保護預けを受けたものであると主張する。なるほど、前記乙第五六号証の一、二には叙上株式の預託者が宍倉一郎であるかのようにうかがえる記載があるが、すでに述べたとおり、原告がかねて宍倉一郎名義で被告会社に株式の取引を委託していたことがある事実ならびに前掲乙第八一号証の一、二によって認めうるように、永和商事一、〇〇〇株および日活一〇〇株がいずれも原告によって宍倉一郎名義で買いつけられている事実を参しゃくして考えると、乙第五六号証の一、二を、これらの株式の保護預けの預託者が真実の宍倉一郎であると断定する資料とすることはできない。また、≪証拠省略≫中には、「原告が昭和三一年六月九日頃友人宍倉一郎とともに被告会社新宿支店に来訪し、かねて証拠金代用証券として被告会社に預託していた株式のうち永和商事一、〇〇〇株および日活株式一〇〇株を宍倉に譲渡した旨を述べ、これらの株式の同人への引渡を求めた。しかし、被告会社において即時に引き渡すことができなかったところから、宍倉の了解のもとに、暫定的に宍倉からこれらの株式の寄託(保護預け)を受けたものとし、後日宍倉に引き渡すことを約し、ついで間もなく要求に応じて宍倉に交付した。もっとも、被告星野は、その後同年六月末か七月はじめ頃、宍倉からこれらの株式の引渡を受けたとしてこれらを所持していた原告の兄谷藤静司の依頼により、それらの株式の引渡を受けたうえ他に売りつけた。」との趣旨の供述がある。しかし、これらの株式が原告から宍倉に一たん譲渡され、しかもいくばくもなくして宍倉の手から原告の兄谷藤静司の手中に移り、同人の委託にもとづいて他に売りつけられたというのは、その間の事情につき特別のものを認めえない本件では容易に納得しがたいところで、この供述自体たやすく採用しえない。のみならず、先に援用した諸証拠、とくに証人宍倉一郎の証言と比較対照して考察すると、被告星野の前記供述部分は、にわかに信用しがたいものとせざるをえない。そして、以上のほか、前述した認定を左右するに足りる証拠はない。
3 しかも、叙上の1の事実および2の認定事実からすると、原告は当時別紙第三目録記載の各株式を占有しており、これにつきみずから保護預け契約を締結して被告会社に引き渡したのであるから、これらの株式はすべて原告のものであったと推認してさしつかえない。≪証拠省略≫中、「谷藤静司は、株式はすべて父のものであると述べていた。」旨の供述部分は、≪証拠省略≫と対比して信用しがたいし、また、「原告が被告会社と取引していた株式は、原告の父の株で原告はこれを扱っていたものと解していた。」旨の供述のごときは被告星野の単なる推測を述べたものに過ぎず、いずれも叙上の推認を動かすものとするには足りないし、他にこの推認をくつがえす確証はない。
4 したがって、請求原因の3の保護預け契約は成立したものといわなければならない。
三 つぎに、請求原因の4の保護預け契約の成否について判断する。
1 原告の兄谷藤静司が、昭和三一年一一月または同年一二月の頃、被告会社の代理人であった原告星野を通じ、被告会社と、別紙第四目録銘柄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃これらの株式を被告会社に引き渡したこと(ただし、別紙第四目録番号欄記載の番号1の株式についての日時の点を除く。)は、当事者間に争がない。
2 そこで、この保護預け契約は谷藤静司が原告を代理してしたものであるかどうか、その目的である株式が原告のものであったかどうかおよび別紙第四目録番号欄記載の番号1の株式についての契約の日時の点が問題となるのであるが、
(一) その成立について争のない甲第一三号証(山一証券株式会社社長作成の証明書)の記載
(二) その成立について争のない乙第六七号証(被告会社の保護預かり有価証券明細簿のうち谷藤静司の口座の部分)の記載
(三) ≪証拠省略≫
(四) 前記二の1に記載した当事者間に争のない事実および二の2に記載した認定事実
(五) 本件口頭弁論の全趣旨
を総合すると、つぎの事実をうかがい知ることができる。すなわち、「別紙第四目録記載の株式のうち、同目録番号欄記載の番号1の株式は、前述したとおり、原告の有していた別紙第三目録番号欄記載の番号1の株式に対し原告の不在中割当があり、原告の兄谷藤静司が原告のために引き受けて取得した増資新株、別紙第四目録番号欄記載の番号2の株式は原告がかねて山一証券株式会社渋谷支店に預託していた日本精工株式一、〇〇〇株(したがって、この株式も、また、原告の有していた株式であると推定される。この点に関する被告星野の供述の採用しがたいことは、先に二の3で判示したとおりである。)に対し原告の不在中割当があり、谷藤静司が同様原告のために引き受けて取得した増資新株であって、したがって、いずれも原告の株式とみるべきものであった事実および谷藤静司は、その代理権を原告から授与されていたわけでなく、かつ、原告を代理してするものであることを明言してしたとはいえないまでも、原告を代理して別紙第四目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に預託し(同目録番号欄記載の番号1の株式の預託の日時は昭和三二年一月頃である。原告の主張するように昭和三一年一一、二月頃であることを確認する資料はない。)、被告星野はその趣旨を了承しつつ被告会社を代理してその預託を受けたものである事実」をうかがい知ることができる。
≪証拠判断省略≫
3 そして、原告が谷藤静司において原告を代理してした叙上の保護預け契約を追認する旨の意思表示を本訴においてしたことは、訴訟上明らかである。
4 したがって、別紙第四目録記載の株式について、原告と被告会社との間に原告主張の保護預け契約が成立したものと認められる。もっとも、別紙第四目録番号欄記載の番号1の株式についての契約の年月は原告の主張するように昭和三一年一一、二月頃とは認めがたく、昭和三二年一月頃と認めるべきことはすでに判示したとおりであるが、このことは原告主張の契約との同一性に影響を及ぼすものとは考えられない。
四 ついで、請求原因の5の保護預け契約について検討する。
1 原告の兄谷藤静司が、昭和三一年一二月頃、被告会社代理人であった被告星野を通じ、被告会社と、別紙第五目録銘柄欄記載の同目録株数欄記載の株数を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃、当時山一証券株式会社渋谷支店に寄託してあったこれらの株式についての同会社の預かり証を被告星野に交付する方法によってこれらの株式を被告会社に引き渡したことは、当事者間に争がない。
2 そして、
(一) いずれもその成立について争のない甲第四号証から甲第七号証まで(いずれも、山一証券株式会社の発行にかかる株式の預かり証および谷藤静司名義の受領証)の記載
(二) ≪証拠省略≫
(三) ≪証拠省略≫
を総合すると、つぎの事実を推認することができる。すなわち、「叙上の各株式はいずれも原告が従前谷藤静司の名義で山一証券株式会社渋谷支店に保護預けしていたものであるが、原告の渡米不在中、谷藤静司は、同人宅にあった原告の机の中から山一証券株式会社発行にかかる叙上各株式の預かり証をたまたま発見し、原告のため被告星野に依頼してこれらの株式の返還を受けたうえ、被告会社に預けがえする処置をした事実(したがって、また、この事実から、これらの株式は原告の有していたものであると推定される。この点に関する被告星野の供述の採用しがたいことは、先に二の3で判示したとおりである。)および谷藤静司は、その代理権を原告から授与されていたわけではなく、かつ、原告を代理してするものであることを明言してしたとはいえないまでも、原告を代理して叙上の各株式を被告会社に預託し、被告星野はその趣旨を了承しつつ被告会社を代理してその預託を受けたものである事実」を推認することができよう。
≪証拠判断省略≫
3 しかも、原告が谷藤静司において原告を代理してした叙上の保護預け契約を追認する旨の意思表示を本訴においてしたことは、訴訟上明らかである。
4 したがって、別紙第五目録記載の株式について、原告と被告会社との間に保護預け契約が成立したものといわなければならない。
五 つづいて、請求原因の6の保護預け契約の成否について判断する。
1 まず、右6の事実のうち、谷藤静司が、昭和三二年五月頃、被告会社代理人であった被告星野を通じ、別紙第六目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数のうち、日活株式一、五〇〇株を被告会社に保護預けする旨の契約を締結し、その頃その株式を被告会社に引き渡したことおよび谷藤静司が、同様、昭和三二年五月頃、被告会社代理人であった被告星野を通じ、日活株式一、〇〇〇株を、保護預けの趣旨であったかそれとも売りつけのためであったかはしばらくおき、少くとも被告会社に預託したことは、被告らの争わないところである。
もっとも、預託者の点を除き被告らにおいて保護預け契約の成立を自白する日活株式一、五〇〇株が別紙第六目録番号欄記載の番号3の株式のうちの一、五〇〇株であるのか、それとも番号1の株式をも含めての一、五〇〇株の趣旨であるのかおよび預託者の点を除き預託を受けたことを自白し、ただ売りつけのためであったと主張する日活株式一、〇〇〇株が前記番号3の株式のうちの一、〇〇〇株であるのか、それとも番号1の株式を含めての一、〇〇〇株の趣旨であるのかは被告らの主張上明確ではない。しかしながら、本訴における原告の主張を全体としてみるときは、原告は、昭和三二年五月頃に成立した日活株式五〇〇株の保護預け契約と、同年月頃成立した日活株式二、〇〇〇株の保護預け契約との二箇の契約の成立を厳密に区別し特定して主張することにあくまで固執している趣旨ではなく、要するに、昭和三二年五月頃日活株式合計二、五〇〇株について保護預け契約が成立した旨をも包含主張しているものと解するのが相当である。そして、この趣旨での原告の主張に対し、すでに述べたように、被告らは、預託者は別として、日活株式合計一、五〇〇株の保護預けを受けたことを認めるとともに、別に日活株式一、〇〇〇株を、その趣旨は別として預託を受けたことを認めたものというべきである。
2 そこで、つぎに、叙上日活株式一、五〇〇株の保護預け契約は谷藤静司が原告を代理してしたものであるかどうか、叙上日活株式一、〇〇〇株の預託契約は谷藤静司が原告を代理してしたものであるかどうかおよび別紙第六目録記載の株式のうち同目録番号欄記載の番号2の株式につき保護預け契約が成立したかどうかについて検討するのに、
(一) いずれもその成立について争のない甲第九号証および甲第一三号証(いずれも山一証券株式会社社長作成の証明書)の各記載
(二) ≪証拠省略≫
(三) ≪証拠省略≫中、「自分は谷藤静司から山一証券渋谷支店の預かり証を預ってきて山崎証券に保護預かりをしたことがある。」旨および「自分は、昭和三二年五月頃、谷藤静司に頼まれて山一証券株式会社渋谷支店から日活株式および日本精工株式を受け取ってきたことがある。」旨の供述部分
(四) 前記三の2および四の2で認定した事実
を総合して考えると、つぎの事実を推認することができる。すなわち、「前述した日活株式一、五〇〇株および一、〇〇〇株は原告が山一証券株式会社渋谷支店にかねて預託していたものであるが、谷藤静司は、原告からその代理権を授与されていず、かつ、原告を代理してするものであること明言してしたのではないが、原告を代理して、被告星野に依頼してこれらの株式を前記支店から受領させ、被告会社代理人であった被告星野を通じこれらを被告会社に預託し、被告星野はその趣旨を了承しつつこれらの預託を受けたこと(したがって、これらの株式はいずれも原告のものであったと推定される。この点に関する被告星野の供述の採用しがたいことおよび他に格別の反証のないことは、先に二の3で判示したところと同様である。)ならびに原告は渡米前山一証券株式会社渋谷支店に日本精工株式一、〇〇〇株を保護預けしていたが、前述四の2で判示したと同様、原告の渡米後その預かり証を発見した谷藤静司は、原告からその代理権を授与されていたわけでなく、かつ、原告を代理してするものであることを明言してしたわけではないが、原告に代り、この株式を被告会社の保護預けに預けかえるため、被告会社代理人であった被告星野にその預かり証を交付し、被告星野はその趣旨を了承してその預かり証により山一証券株式会社渋谷支店からその株式を受領したうえその預託を受けたこと(したがって、この株式もまた、原告の株式であったと推定される。この点に関する被告星野の供述の採用しえないことおよび他に反証のないことは、前述と同じである。)」を推認することができよう。
≪証拠判断省略≫
3 そして、原告が谷藤静司において原告を代理してした叙上判示の契約を追認する旨の意思表示を本訴においてしたことは、訴訟上明らかである。(もっとも、原告は保護預け契約の追認をしたのに対し、当裁判所は、別紙第六目録記載の株式のうち日活株式一、〇〇〇株については、叙上のように保護預けとまでは判示せず、単に預託契約の成立事実を判示したにとどまるが、原告のした追認は少なくともこの預託の追認の効果を生ずるものと解してさしつかえない。)。
4 したがって、請求原因の6の事実のうち、少なくとも日活株式一、五〇〇株および日本精工株式一、〇〇〇株について保護預け契約が、日活株式一、〇〇〇株についてその趣旨はともかく少なくとも預託契約が原告と被告会社との間に成立したことは、これを認めうるものとしなければならない。
六 さらに、請求原因の7の契約の成否について判断する。
1 請求原因の7の事実のうち、谷藤静司が、昭和三三年五月はじめ頃、被告会社代理人であった被告星野を通じ、その目的が保護預けであったかまたは売りつけのためであったかはしばらくおき、別紙第七目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に預託することとし、その頃、当時山一証券株式会社に寄託してあったこれらの株式についての同会社の預かり証を被告星野に交付する方法によってこれらを被告会社に引き渡したことは、被告らの自白するところである。
2 そして、
(一) いずれもその成立について争のない甲第八号証および甲第一二号証(いずれも、山一証券株式会社発行の株式預かり証および預託者名義の株式受領証)の各記載
(二) ≪証拠省略≫
(三) ≪証拠省略≫
(四) ≪証拠省略≫中、「自分は谷藤静司から山一証券渋谷支店の預かり証を預かってきて、山崎証券に保護預かりをしたことがあり、郵船一、〇〇〇株、三井船舶五、〇〇〇株も山一から受け取ってきたことがある。」旨の供述部分
を総合すると、つぎの事実を認めることができる。すなわち、先に四の2で判示したところと同じように、「別紙第七目録番号欄記載の番号1の株式は谷藤静司名義で、また番号2の株式は小沢いと名義で、原告が従前山一証券株式会社渋谷支店に保護預けしていたものであるところ、原告の渡米不在中それらの預かり証を発見した谷藤静司は、原告からその代理権を授与されていたわけではなく、かつ、原告を代理してするものであることを明言してしたわけではないが、原告を代理して、被告星野に依頼してこれらの株式を前記支店から受領させ、被告会社代理人であった被告星野を通じ被告会社に保護預けし、被告星野はその趣旨を了承しつつこれらの預託を受けたこと(したがって、また、これらの株式はいずれも原告のものであったと推定される。この点に関する被告星野の供述の採用しがたいことおよび他に格別の反証のないことは、先に二の3で判示したところと同様である。)」を認めることができよう。≪証拠判断省略≫
3 しかも、原告が谷藤静司において原告を代理してした叙上の契約を追認する旨の意思表示を本訴においてしたことは、訴訟上明らかである。
4 したがって、請求原因の7の事実のうち、別紙第七目録記載の株式について、保護預け契約が原告と被告会社との間に成立したことは、これを認めうるものといわなければならない。
七 最後に、請求原因の8の契約の成否について検討する。
1 請求原因の8の事実のうち、谷藤静司が、昭和三二年一月三〇日頃、被告会社代理人であった被告星野を通じ、その目的が保護預けであったか、または売りつけのためであったかはともかくとして、別紙第八目録銘柄欄記載の株式の同目録株数欄記載の株数を被告会社に預託することとし、その頃その株式を被告会社に引き渡したことは、被告らの自白するところである。
2 ところで、
(一) 前記四の2で認定した事実、とくに、原告がかねて別紙第五目録番号欄の番号2の昭和産業株式三〇〇株を有していた事実
(二) ≪証拠省略≫
(三) 弁論の全趣旨
を総合すると、つぎの事実を推認することができる。すなわち、「別紙第七目録記載の株式は先に四の2において判示した別紙第五目録番号欄記載の番号2の株式(したがって、先に認定したとおり原告の有していた株式)に対して割り当てられ、谷藤静司が原告のために引き受けた増資新株で、したがって原告の有する株式というべきものであった事実」および「谷藤静司は、原告からその代理権を授与されていたわけではなく、かつ、原告を代理してするものであることを明言していたわけではないが、原告を代理して別紙第八目録記載の株式を被告会社に預託し、被告星野はその趣旨を了承しつつ被告会社を代理してその預託を受けたものである事実」を推認することができる。≪証拠判断省略≫
3 しかも、叙上の預託契約の追認の点も、叙上五の3に判示したところと同様である。
4 したがって、請求原因の8の事実のうち、別紙第八目録記載の株式について、その趣旨はともかく、少なくとも預託契約が原告と被告会社との間に成立したことは、これを認めうるものといわなければならない。
八 以上に判示したとおりであるから、被告会社は、後に判断する被告らの抗弁事実のような特別の事実が認められるかぎり、原告からの返還請求があったときは、別紙第三目録から別紙第八目録までに記載した株式を原告に返還すべき債務があったものといわなければならない(叙上の判示の中には、預託契約の成立を認定しただけで原告の主張するとおり保護預け契約が被告らの主張するように売りつけのためであったかを認定していないものがある。しかし、かりに売りつけのために預託を受けたものであるとしても、原告の指示による売却前であるかぎり、原告から返還の請求があれば被告会社はこれを返還すべき義務があることはいうまでもないから、預託の趣旨が保護預けであったか売りつけのためであったかは、叙上の説示には影響がない。)。
九 ところが、
1 被告星野が別紙第九目録記載の株式を同目録処分株式欄に記載するとおり売却処分したことは、被告らの認めるところである。
2 そして、前記三から七までの判示事実と右1の事実とを合わせ考えると、叙上の処分株式はすべて三から七までに判断した契約によって被告会社が預託を受けた原告の株式であると認定してよかろう。
第二契約上の地位の譲渡の抗弁(被告会社の抗弁の1)および原告代理人による処分指示の抗弁(被告会社の抗弁の2および被告星野の抗弁の1)について
一 そこで、つぎに、被告会社の抗弁の1(前記事実欄の第二の三の1)について判断する。
1 まず、≪証拠省略≫によると、
(一) 原告は、昭和三一年六月九日頃留学のため渡米し昭和三三年六月六日頃帰国するまでの満二年の間、被告会社、被告星野または実兄であり渡米前の主たる寄宿先であった谷藤静司に対し、預託中の自己の保有株式のことに触れた書面連絡を全くしなかったこと
(二) 原告は、帰国直後、被告会社代理人被告星野を通じて被告会社新宿支店に株式の信用取引を委託したが、その際、被告星野から、渡米前使用していた名義の一つである谷藤静司の名義を用いてすることをさし控えるようにいわれると、その理由を格別にせんさくすることなくこれを応諾し、宍倉一郎名義で取引を委託し、かつ、この取引については、渡米前の預託株式を証拠金代用証券として利用しようとすることなく、別に現金二〇万円を証拠金として被告会社に預託したこと
(三) 原告は、帰国後、実兄谷藤静司に対し、自己の滞米期間中における株式の配当金および新株割当等に間する処置について、すみやかに質疑確認することをしなかったこと
が認められ、この認定をくつがえす証拠はない。そして、以上の諸事実は、原告が渡米前被告会社に保護預けした別紙第三目録記載の株式を谷藤静司に譲渡したか、そうでないとしてもこれらの株式の処分権を同人に授与し、これらの株式の保護預け契約上の寄託者としての権利義務を谷藤静司に譲渡しおよび引き受けさせたという被告会社の1の抗弁事実の存在を推測させる間接事実となりえないものではない。また、≪証拠省略≫中には、被告会社の叙上抗弁を裏づけるような趣旨の供述部分もある。
しかしながら、≪証拠省略≫を対照して考察すると、被告星野の叙上の供述部分もそのままには信用しがたいように考えられるし、先に認定した(一)から(三)までの事実から直ちに被告会社の叙上抗弁事実を推認するのも相当でないように思われる。その他には、被告会社のこの抗弁事実を確認すべき証拠はない。
2 したがって、被告のこの抗弁は採用することができないといわなければならない。
二 つぎに、被告会社の抗弁の2(前記事実欄の第二の三の2)および被告星野の抗弁の1(前記事実欄の第二の四の1)について検討しよう。
1 まず、
(一) ≪証拠省略≫(ただし、乙第一一号証から乙第一六号証までおよび乙第二一号証については印影部分を、また、乙第一八号証については「現在高帳尻支払」との記載部分を除く。)(いずれも谷藤静司名義の被告会社あて領収証)によると、谷藤静司は、被告会社から、昭和三二年二月一五日金一六、八七五円、同年五月三〇日金一六、六七六円、昭和三三年一月一一日金一〇、〇〇〇円、同年一月二九日金五〇、〇〇〇円、同年一月二九日金三〇〇、〇〇〇円、同年三月一四日金三〇、〇〇〇円、同年四月二九日金二〇、〇〇〇円、同年四月三〇日金一〇、〇〇〇円、同年五月二〇日金一七、四二二円、同年七月一二日金四九、〇九〇円を受領していることが認められる。とくに、昭和三三年七月一二日の金四九、〇九〇円は、すでに認定したところによっておのずから明らかなように、原告が米国留学から帰国した後に受領したものである。
(二) ≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は、昭和三一年一〇月から昭和三三年一二月までの間に、原告の主張している株式の処分の結果の報告を含む株式の売付報告書、買付報告書、信用取引計算報告書、信用取引手数料日歩計算書および信用取引配当金計算書等合計四五〇通余の報告書を谷藤静司方に送付し、谷藤静司はこれを受領し、少なくともその一部を開披していることが認められる。
(三) さらに、≪証拠省略≫によると、谷藤静司は、昭和三三年四月三〇日頃、被告会社からの照会に対し、被告会社作成にかかる株式取引残高通知書の記載を承諾する旨被告会社に回答していることが認められる。
(四) 原告が、渡米後帰国するまでの満二年の間、被告会社、被告星野または実兄谷藤静司に対し、自己の株式につき何らの連絡もしなかったことは、先に認定したとおりであるし、≪証拠省略≫によると、谷藤静司は、原告の渡米不在中、原告に対し、その株式について連絡したことが全くなかったことが認められる。
(五) ≪証拠省略≫によると、谷藤静司は、原告の渡米不在中、原告の友人宍倉一郎の申し入れにより、被告星野に依頼して金五〇万円および金三〇万円を調達し(これらの金員が先に認定した原告の有する株式を売却することを委託して入手したものであったか、または被告星野から借り受けたものであったかの判断はしばらくおく。)、これを宍倉に貸与したことが認められる。
以上(一)から(五)までの諸事実に証人谷藤静司の第一回証言中「私は星野が不審なことをしていることについては、私の株でもないし、あわてても仕方がないので、星野を責めるというような気持はなかった。」との趣旨の供述部分を総合して考えると、原告の主張する本件の株式処分につき谷藤静司が被告星野に指示を与えたのではないかとの疑をいれる余地が全く存しないわけではない。のみならず、被告星野は本人尋問の結果(第一、二回)中で被告らの抗弁に符合する趣旨の供述をしているし、証人福田貢の証言(第一回)中にも、「自分は昭和三二年八月以来被告会社新宿支店長をしていたが、谷藤静司は被告星野の客として二、三回来店して株式の売買につき被告星野に相談をし、また、毎日のように被告会社新宿支店に電話をかけてきた。被告星野は、その電話に対し、市況の報告をなし推奨株式について話していた。」との証言部分がある。
2 しかしながら、他方、
(一) ≪証拠省略≫
(二) ≪証拠省略≫
(三) ≪証拠省略≫
(四) 谷藤静司は、原告が渡米する以前、株式取引の経験がなかったこと≪証拠判断省略≫
(五) しかも、被告星野が谷藤静司の指示によって行ったと称する株式の実物取引および信用取引は、いちじるしく頻繁に行われていること≪証拠判断省略≫
を対照して勘案すると、当裁判所は、1に述べた≪証拠省略≫を全面的に信用して被告らの抗弁事実を認定する資料とすることができない。また、1の(一)から(五)までの認定事実も、被告らのこの抗弁事実を推認する間接事実であるとまで断定しえないと考える。そして、そのほかに、被告らの抗弁事実を確認するに足りる証拠はない。
3 以上を要するに、当裁判所は、被告らの抗弁事実を認容するまでの十分な心証をうることができず、したがって、この抗弁を採用しえない。
4 そして、被告らのこの抗弁を採用しえない以上、株式の処分が谷藤静司の指示によるものであることを前提とし、同人の行為がいわゆる表見代理人の行為として原告にその効果が及ぶとする被告らの抗弁も、また理由がないといわなければならない。
第三被告会社の原告に対する株式の返還義務および被告星野の不法行為についての使用者損害賠償義務の有無について
一 以上のとおりであるから、つぎに、被告会社の原告に対する株式の引渡義務について考えるのに、
1 被告会社は、原告が預託した株式の引渡を求めている以上、原告に対し、別紙第三目録から第八目録までの銘柄欄記載の株式の同上目録の株数欄記載の株数のうち、原告において返還を受けたことを自認している雄別炭鉱株式五、〇〇〇株を除いたもの、すなわち、別紙第一目録の銘柄欄記載の株式の同目録の株数欄記載の株数を引き渡すべき義務があるというべきである。
2 もっとも、叙上の株式のうちには、当裁判所において保護預けであるか売りつけのための預託であるかを認定せず、単に被告会社に預託したと判示するにとどめている株式を含んでいることは、すでに述べたところによって明らかである。しかしながら、原告またはその代理人による売却処分の指示が認められないことがすでに判示したとおりである以上、被告会社が原告の引渡請求に応じて預託を受けた株式を引き渡す義務のあることは、預託が保護預けの趣旨であったか売りつけのためであったかによって異なるものではない(いわゆる売りつけのための預託の場合であっても、原告がその株式の返還を求めている以上、原告は売りつけの委託を解除したものと解すべきであるからである。)。
3 また、原告が被告会社に預託した別紙第三目録から別紙第八目録までに記載した株式のうち雄別炭鉱株式五、〇〇〇株を除くその余のものを被告星野が他に売却してしまったことは、原告みずから認めているところである。しかし、本件の保護預かり契約では、必ずしも寄託した物自体でなく、同銘柄同数量の株式の返還をもって足りる旨当事者間に暗黙の合意があったことは、被告会社も認めている。したがって、被告会社は、預託株式が売却処分されていても、原告が同銘柄同数量の株式の引渡を求める以上、これを拒否しえないものというべきである。保護預けのためか売りつけのためかを認定せず、単に被告会社が預託を受けたと判示した株式についても同様であると解してさしつかえないであろう。
4 そして、被告会社において、別紙第一目録記載の株式の全部または一部を引き渡すことができないときは、被告会社は、原告に対し、その不能の部分につき、別紙第一目録の単価欄記載の単価(これが本件の口頭弁論終結時における各株式の一株の時価であることについては、当事者間に争がない。)によって算出した金員を支払うべき義務があるといわなければならない。
二 さらに、原告は、被告会社に対し、被告星野の株式の処分を理由として、新株引受権の喪失につき使用者としての不法行為による損害賠償義務があると主張しているので、この主張について考察する。
1 まず、本件の株式預託について、当事者間に、特定物の寄託ではあるが、預託株式そのものでなく、同銘柄同数量の株式の返還をもって足りるとする旨の合意があったと認めるべきことは、先に認定したとおりである。したがって、このような場合に、被告星野による預託株式の売却処分が預託株式についての原告の権利を侵害する不法行為となるかどうかは、問題となるところであろう。
しかしながら、当裁判所は、叙上のような合意は、これによって、合意の成立と同時に、当該預託株式についての原告の株主権を全く喪失させ、原告をして、単に被告会社に対し同銘柄同数量の株式の引渡請求権という債権のみを有するにとどまるに至らせるものではないと解するのが相当であると考える(叙上の合意は、いわば、現物返還不能の場合の賠償方法の特約に類するものと解する。)。換言すれば、当裁判所は、叙上のような合意の成立にかかわらず、原告は預託株式につき依然として株主権(株式の所有権)を有するものと考えるので、被告星野が預託株式を処分することは、預託株式についての原告の株主権を侵害する不法行為であり、これによって損害をこうむっている限度において、原告は、不法行為による損害賠償を請求する権利を有するものであると解する。
2 そこで、新株引受権の喪失による損害について考えるのに、被告星野が売却処分した株式のうち別紙第一一目録の銘柄欄記載の株式について、同目録記載のとおり新株の発行があったことは、被告会社の認めるところである。
3 ところで、原告は、「昭和三一年から昭和三七年はじめ頃までの間においては、増資新株の発行、したがって新株に対する新株の割当は、強い資金需要、自己資本過小の傾向、再評価積立金の存在等の理由により、きわめて自然の成り行きであり、一般に予知されていたところである。」と主張する。なるほど、結果においては、被告星野の株式の大部分につき処分後一回ないし数回の新株の発行があったことは叙上1に判断したとおりである。しかし、原告主張の理由によりかかる新株発行がきわめて自然の成り行きであり、一般に予知されていたとの主張事実については、本件にあらわれた全証拠によってもこれを確認することができないし、当裁判所に顕著な事実であるとまでいうこともできない。
4 したがって、新株引受権の喪失による損害を被告星野の不法行為による通常損害であるとし、これを前提として被告会社に賠償を求める原告の請求は、これを認容することができない。
三 さらに、原告は、利益配当請求権の喪失による損害の賠償を求めているので、これにつき検討しよう。
1 被告星野が処分した株式につき、別紙第一〇目録の配当期欄記載の年月に同目録の配当率欄記載の割合による利益配当のあったことは、被告会社の認めて争わないところである。
2 ところで、株式についての利益配当は、会社に処分可能な利益があった場合株主総会の決議により株主に与えられるもので、株式の保有にともない当然のこととして一定額の利益配当が保障されるというものでないことは、いうまでもない。しかし、利益配当は、株式会社の資本の形成に参加している株主のためにする利潤の分配として、株主においてこれを期待しており、かつ、通常の場合これを期待しうべきものである。したがって、その配当率が一般に例をみないような異常な高率である場合においてその異例な部分はともかくとして、一般には、利益配当請求権の喪失は、株式の喪失にともなう通常損害であると解するのが相当である。
3 そして、前述のように、被告星野の売却処分した株式についての利益配当は別紙第一〇目録の配当期および配当率の欄に記載したとおりであり、原告は被告星野の処分によりこれらの株式を失い、ひいてその配当をえられなかったのであるから、これら処分株式についての利益配当分は、被告星野の不法行為による通常損害というべきである。しかし、別紙第一一目録の保有株数欄記載の株数のうち新株の発行によって得べかりし株数についての利益配当分は、前記のように新株引受権の喪失を通常損害とみえない以上、被告星野の株式処分による通常損害ということはできない。
4 結局、利益配当請求権の喪失による損害額は、原告の請求額から新株発行により得べかりし株式についての分を除外した分、すなわち別紙第二目録記載のとおりで、その合計額は金九八九、〇五〇円である。
5 しかも、この損害は、すでに判示したところによって明らかなように、被告会社の新宿支店の営業主任で被告会社代理人として株式の預託を受けた被告星野が預託を受けた株式を売却処分したことによって生じたものであるから、被告会社は、この損害につき、原告に対し、民法第七一五条第一項本文の規定により賠償義務を負うものといわなければならない。
6 したがって、被告会社は、原告に対し、右金九八九、〇五〇円およびそのうち昭和三四年四月三〇日以前に発生した利益配当分合計金三四四、八五〇円(別紙第二目録記載の配当金額のうち配当期を昭和三四年四月以前とするものの合計額)に対する損害発生日(利益配当時期)の後で原告の請求起算日である昭和三四年五月一日以降、残額金六四四、二〇〇円に対する損害発生日の後で原告の請求起算日である昭和三九年六月四日以降それぞれ完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
7 付言するのに、すでに判断したとおり、原告は株式自体の返還を求めており、この請求は正当である。しかし、この返還義務の履行によって株式が原告に回復されても、原告はすでに発生した前述の利益配当請求権を回復しうるわけではないから、原告の株式の返還請求と被告星野の不法行為にもとづく利益配当請求権の喪失による損害賠償の請求とは重複するところはない。
第四被告会社の過失相殺および不当利得返還請求権をもってする相殺の抗弁について
一 被告会社は、過失相殺の抗弁(前掲事実欄の第二の三の3)を主張しているので、この抗弁について判断する。
1 この抗弁は、被告星野による株式の売却処分が谷藤静司の指示によるものであることを前提としている。
しかしながら、売却処分が谷藤静司の指示によることを認めがたいことは、前記第二の二で判示したとおりである。
2 そうすると、この抗弁は、その他の点について審究するまでもなく、採用しがたいものといわなければならない。
二 ついで、被告会社の不当利得返還請求権をもってする相殺の抗弁(前掲事実欄の第二の三の4)について検討すると、
1 原告の被告会社に対する金銭の支払請求は、すでに判示したところで明らかなように、すべて不法行為による損害の賠償として認容されるものである。
2 したがって、被告会社の相殺の抗弁は、相殺に供しようとする自働債権の存否について審究するまでもなく失当であって、採用しうべきかぎりでない。
第五原告の被告会社に対する第二次的請求について
一 原告は、被告会社に対する第一次的請求が認容されないことを条件として、被告会社に対し第二次的請求をしている。
二 ところで、原告の第一次的請求のうち不法行為にもとづく損害賠償請求の一部が認容しがたいことは、第三において判示したとおりである。
三 そこで、この不認容部分について、原告の第二次的請求が理由があるかどうかであるが、第二次的請求のうち、
1 保護預け契約の履行不能による填補賠償の請求は、被告会社に対する預託株式の引渡請求が認容されないことを条件とするものであることは、原告の主張自体から明白である。したがって、既述のとおり株式の引渡請求が認容される以上、原告は、第二次的請求として、株式返還の履行不能による填補賠償の請求(履行不能を原因とする新株引受権の喪失による損害の賠償の請求を含む。)をしないものと解される。
2 不法行為を理由とする請求については、そのうち処分株式の処分時の時価相当額の賠償を求める部分は、株式の引渡請求が認容される以上、これを請求しないものと解されるし、新株引受権の喪失による損害および利益配当請求権の喪失による損害のうちすでに認容すべきものと判示した分をこえる部分の請求を認容しえないことは、すでに第一次の請求に対する判断において判示したとおりである。
四 したがって、原告の被告会社に対する第二次的請求は、第一次的請求についての判断が上述のとおりである以上、その請求がないか、または理由がないかのいずれかである。
第六被告星野の不法行為による損害賠償義務の有無について
一 被告星野は、先に第一で判断したように、原告の有していた株式を売却処分した。そして、原告と被告会社との間に、預託株式自体でなく、同銘柄同数量の株式の返還をもって足りる旨の暗黙の合意があったとしても、このような合意は、これによって、合意の成立と同時に、当該預託株式についての原告の株主権を全く喪失させ、原告をして被告会社に対し単に同銘柄同数量の株式の引渡請求権のみを有するにとどまるに至らせるものではなく、したがって、被告星野の預託株式の売却処分は原告に対する不法行為を構成するものであると当裁判所が解することは、すでに第三の二の1でのべたとおりである。
もっとも、被告会社に対する関係で判示したように、被告会社は原告に対し被告星野の売却処分株式と同銘柄同数量の株式である別紙第一目録記載の株式の引渡債務を負担するが、これは、被告会社が原告との契約上そのような債務を負担しているというにとどまり、このことのゆえに、被告星野の不法行為による損害賠償義務が成立しなくなるわけではない。ただ、原告において、被告会社から売却処分株式と同銘柄同数量の株式の引渡をえた場合には、それにより原告の損害が回復された限度において、被告星野から弁済を受けえなくなるにとどまるものと解すべきである。
したがって、被告星野は、株式の処分によって原告のこうむった損害を賠償する義務がある。
二 ところで、被告星野による株式の処分価格が別紙第九目録の処分株式欄記載のとおりで、合計金二、六六二、五三五円であることは、被告星野の争わないところである。そして、この処分価格は、その処分の事実自体に徴し、処分の当時におけるそれらの株式の時価と推認してさしつかえない。したがって、被告星野は、原告の株式の処分による損害として、原告に対し、右金二、六六二、五三五円およびこれに対する処分の後である昭和三四年五月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
三 原告は、さらに、被告星野に対して、新株引受権の喪失および利益配当請求権の喪失による損害の賠償をも請求する。
1 しかし、不法行為による通常損害として新株引受権の喪失による損害の賠償を求める請求の認容しがたいことは、先に第三の二で判示したところと同様である。
2 利益配当請求権の喪失による損害のうち、少なくとも処分株式数についてのものを株式の処分により発生した通常損害とみうべきことは、すでに第三の三で判示したところである。しかしながら、ここにいう利益配当請求権とは株主総会の決議によって発生する支分的かつ具体的な利益で、その流出の根源として抽象的な利益配当支払請求権が存在しており、この抽象的な基本的債権は株主権を構成する一部として不可分的に内在し、しかもこの権利の価値は株式の時価に反映している。したがって、原告が被告星野の株式の処分による損害として株式の処分時における時価の賠償を選択する以上、これとは別箇に、かつ、これに加えて、その後における具体的利益としての得べかりし利益配当を損害として請求することは許されないものと解するのを相当とする。
四 よって、被告星野は、叙上一に判示した限度において、原告に対して損害賠償の義務がある。
第七被告星野の過失相殺の抗弁について
一 被告星野の過失相殺の抗弁についての判断は、被告会社の同様の抗弁につき前記第四の一において判示したところと同様である。
二 したがって、この抗弁は採用することができない。
第八むすび
一 以上判示したところによって、原告の本訴請求は、主文第一、二項に記載した限度において正当として認容し、その他は失当として棄却することとする。
二 訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文および第九三条第一項本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一、三項を適用した。
三 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 服部高顕 裁判官 元木伸 裁判官八木下巽は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 服部高)